STAFF
沼津の整体・からはだふくらかの自慢のスタッフ

代表

  • あらき ゆたか

    荒木 豊

    あらき ゆたか

    国際ウェルネス協会認定MRTマスター

    さとう式リンパケア初級

    インソール

    セラピストスキルアップ実践会ベーシック

    ゆる操体初級

    ゆる操体症状別

    整体協会正会員

     

    生まれは東京・板橋

    当時は両親ともに喫煙しており

    幼児期にそのタバコを食べてしまい死にそうになる

     

    生命力が強ければ吐きだしたであろうし

    カラダが整っていなかったのだろうと今になって思う
    事実その後アレルギー性紫斑病で入院をすることになる
     
    その時の記憶はほとんど無いが

    看護婦さんを好きになったのは覚えている

     

    3歳で横浜に移り住む

    小学校一年の11月にアレルギー性紫斑病を再発し

    再び一ヵ月入院する

     

    この時祖父母が見舞いのたびに

    マンガ『ドカベン』を買ってきてくれ

    その後マンガばかり読むようになる

     

    姉が習っていたピアノを薦められたこともあったが

    「女がするもの」という頭があったので拒否

    やっとけば良かったとのちのち後悔したこともあった

     

    小学校中学年から地域の野球部に入部し

    中学も野球部に入る

    同学年の人数が少なかったのでレギュラーだったが

    全然強くもないチームでたいした記録もなく終わる

     

    リアルタイガーマスク全盛期で

    カラダを鍛えることに燃えていた時代

    もともと胴長短足だったが

    スクワットなどでモモの筋肉を鍛えてしまったためか

    思ったより脚が伸びず予定の身長183㎝に届かず終い

     

    中学3年の時に自分が生まれた頃に流行った

    関西フォークというものを知り、没頭する

    岡林信康のファーストアルバムが何故かうちにあり

    ギターを弾いたりもしていた

     

    高校に進学したくなかったが

    他にどうして良いのかも分からず

    大学には行きたかったので結局進学する

     

    この頃、今のようなインターネット環境があれば

    違う人生だったかもしれない

    と少し前までは思ったこともあったが

    多分そんなに変わりはしなかったろうとも思う

     

    何があったワケでもないが

    毎日死について考えるような時期でもあり

    誰かを手にかけなければならないような事態にならない限り

    とにかく自殺だけはするまいと決意する

     

    骨盤が縮む傾向のカラダなので

    何かそういう歪みがあったのかもしれない

     

    高校の3年間はほぼ家でギターを弾いて

    岡林信康や加川良、高田渡、友部正人などの歌を唄っていた

     

    家から出たかったので通えないくらい遠くの大学を物色

    母親が青森出身

    父親が鹿児島出身だったので

    どうせだから本州を出よう

    親を越えようと北海道と沖縄で探すも

    北海道は偏差値が高く断念

     

    その頃沖縄の大学は日本一偏差値が低く

    私の行った学校は私立だったが

    国公立並みに学費も安かったのでそこに行こうと決心

     

    入学試験が面接のみで筆記もなく

    私の学科は卒論も必要なく

    単位さえ取れば卒業できるという

    何ともゆるゆるな時代であった

     

    八重山民謡の若手であり

    のちのパーシャクラブのボーカルもする

    新良幸人が2年先輩でいて

    大学からしばらく彼のライブにくっついて回っており

    登校するも授業にはほぼ出ないで遊んでいた気がする

     

    今は無き沖縄ジャンジャンもよく通っていた

     

    大学に入った頃からはマンガじゃない本も読むようになる

    この頃狩撫麻礼原作のマンガに心酔

    今でもバイブルである

     

    在学中に祖父母、両親の4人を亡くす

    看病のため横浜に帰ろうと考えていたが

    そんなワケで卒業後もまた沖縄に戻る

     

    古本屋で働き始め後に店長など勤める

     

    世紀が変わった頃先の人生を考え始める

    この頃明石散人、甲野善紀を知り

    さらに野口整体を知る

     

    今まで自分の中でバラバラだったものが

    突然歯車が噛み合い

    それまで嫌いだった自分を初めて認められるようになる

     

    沖縄に行くまでずっと団地住まいだったこともあり

    自然に触れあう仕事などは絶対無理だと思っていたが

    自給自足に憧れるようになり

    同時に沖縄を離れることを決意

     

    関東近円で場所を探し

    合併で伊豆の国市になった年に移り住む

     

    その後10年弱函南郵便局で配達員として働く

     

    整体かれんだー―旬な身体になる

    整体かれんだー―旬な身体になる

    片岡洋次郎著
     

    「二十四節気」では2月の始めに「立春」となりその年が始まる

    カラダもこの時季に夏に向けたカラダになろうとし始める

     

    それに合わせ2011年2月から

    朝日テレビカルチャー三島で

    「野口整体活元運動」に通い始める

     

    そして翌3月に東日本大震災が起きる

     

    この時日本は変わり、自分も変わった

     

    それまで周りの人たちとは

    異質な自分というものを常に感じ続け

    極力他人と関わらないような生き方を選んできた

     

    それが、何か人のためになることが出来ないだろうかと

    問い続けるようになり

    でも見つけられず気持ちだけ焦っているうちに

    だんだん体調をくずし始め

    仕事中、過呼吸で救急車で運ばれたり

    自律神経失調の様になり涙が止まらなくなったりして

    ついに仕事を続けられなくなった

     

    この頃もおそらく骨盤が縮みきっており

    どんどん痩せていくし

    胸やみぞおちなどもガチガチに固まっており

    常に息苦しく

    配達中、足が動かなくなったり

    でも手を抜くわけにもいかないと

    とにかく目一杯働かなきゃ

    そして家事も手伝わなきゃ

    あれもこれもやらなきゃとやりすぎだった

     

    カラダがガチガチだったから

    頭もガチガチになってしまい

    睡眠不足も重なって

    どんどん思考能力が無くなっていくうちに

    とうとうカラダが音を上げてしまったのだ

     

    仕事を辞めてしばらく経ってもなかなか体調が戻らず

    カラダをどうにか良くする方法はないかと探していた時

    高岡英夫のゆる体操というものを知り

    本を読んで実践するうちに

    ようやく少しずつ復調しはじめる

     

    井本整体の人体力学などの本も読み

    カラダをゆるめることの大切さを身をもって体験した

     

    結局何か人のためにできること

    というものが見つけられないまま

    仕事も続けられなくなり辞めてしまったので

    さて、どうしようかと悩んでいたある日

    沖縄の友人に

     

    「カラダに詳しいんだからそういう仕事すれば?」という

    言われた時には何とも思っていなかった言葉を思い出した

    甲野善紀を知り

    野口整体を知り

    その関連の本も読んでいたし

    毎月の「活元運動」は自身を整える運動だが

    だからこそ感覚は分かるんじゃないか

     

    よし、その感覚を元に施術を身に付けよう

    カラダをゆるめる方法を学べるものは何だろうかと

    探したどり着いた操体法を学ぶ

     

    さらに仕事を始めてしばらくして

    もっと上達するための何かがないかと探しているうちに

    さとう式リンパケア」を見つけ

    これこそが求めていたものだと習い始める

     

    その中のMRT(筋肉をゆるめるテクニック)で

    カラダをゆるめることの重要性を

    今度は理論として学ぶ

     

    以前の私もそうでしたが

    日本人は自分のカラダにあまりに気を遣わなさすぎです

     

    健康で整体でなければ作業効率も落ちるし

    能力も発揮できない

    辛さばかり感じたり

    ついにはココロもむしばんでしまいます

     

    もっともっとカラダを大事にしてください

    寿命が延びても何十年も寝たきりでいたら

    それは生きているのではなく

    ただ死んでないだけです

     

    今始めれば将来も自分の足で歩いていられる

    先送りすればそれだけ悪くなるし

    治りにくくもなっていきます

     

    今がその時です!

沼津の整体・からはだふくらかは代表兼スタッフが一名。
ご来店頂く度に同じ施術者が対応しますから、日によって効果が違ったり、一から症状を説明したりする必要がありません。
患者様お一人お一人と誠実に接し、体調の変化や経過を一緒に見守っていきます。
また、同時に複数の患者様を招いての交互の施術もありませんから、最中に不必要な待ち時間が生じることもありません。
さらに、からはだふくらかでは代表兼スタッフが一名という身軽さを存分に生かし、出張による施術も行っております。
ご来院の難しい方は、ぜひ出張による施術をご検討下さい。